保育園で聞いた話
保育園では、シャツを裏表逆に着ている子どもに、
あえて大人がすぐには手を貸さない
ことがあると、話を聞いた。
私は、その実践の背景や意図を
十分に理解しているわけではない。
そこには、
「まずは自分でやってみることを大切にしたい」
という願いがあるのだろうと思う。
自分で着られたという達成感や、
失敗を恐れず挑戦する気持ち
を育てたいのだと思う。
この考え方は、
幼い時期には、とても大切な視点だと思う。
高校で浮かんだ問い
一方で、高校生と向き合っていると、
別の問いが浮かぶ。
「自分でやる力」に加えて、
「周囲との関わりを考える力」は、
いつ、どのように育てていくのだろう、と。
最近特に思うのは、
高校では、
主体性だけでは十分ではない、ということ。
例えば、
- 授業中に友達と話す
- 自分の好きなことを優先する
- 周囲への影響を考えない
本人なりの理由はあるかもしれない。
しかし、
教室は集団で学ぶ場。
高校では、
「自分がしたいこと」と
「周囲との関係」を同時に考える力
が求められる。
主体性と社会性は、どちらも必要だ
主体性だけが強い状態では、
- 自分の気持ちを優先しやすくなる
- 相手の立場への想像が難しくなることがある
- 集団の目的を見失ってしまうことがある
一方で、社会性だけを重視すると、
- 周囲の顔色ばかりうかがう
- 自分の意見を言えない
- 指示待ちになる
という問題も生まれる。
目指したいのは「自律」
私たちが育てたいのは、
主体性だけでも、社会性だけでもない。
自分で考え、自分で決める。
そして、
その行動が周囲に与える影響にも責任を持つ。
そんな「自律」なのだと思う。
主体性に社会性が重なるとき
私は、行動原則として、
- 自分を大切にする
- 相手を大切にする
- 学びを大切にする
という三つを掲げている。
主体性と社会性は、どちらか一方ではない。
自分を大切にしながら、
相手も大切にする。
その土台の上に、
学びが成り立っているのだと思う。
幼い頃に育まれる主体性に、
社会性が少しずつ重なっていく。
その過程こそが、教育なのかもしれない。
