" /> 「ルールだから守れ」は、何を学習させているのだろう。 | こぐまブログ

「ルールだから守れ」は、何を学習させているのだろう。

職員室で同僚の話。

「今日さぁ、授業中に椅子に座ったままゴミ箱まで行ったやつがいてさ(笑)」

「ふざけているな。」

最初は、私もそう思った。

でも、そう単純な話でもない気がしてきた。

以前、「授業中は席を離れないで」と注意したことがあった。

すると今度は、椅子からお尻を離さず、ゴミ箱まで移動していった。

さらに、最近こんな出来事がよくある。

・授業中にトイレへ向かう。

・教科書を取りにロッカーへ行く。

・友人と保健室へ行く。

・チャイムが鳴っても席に着かない。

・説明中に質問をかぶせる。

・離れた席同士で私語をする。

中には理由がある場合もあると思う。 だから、「全部ダメ」とは言えない。

でも、一つひとつ対応していると、教師は毎時間、毎時間判断を迫られる。

「今回は認めるべきか。」

「注意するべきか。」

「この子は本当に体調が悪いのか。」

「さぼろうとしているだけなのか。」

一日の終わりには、教材研究よりも「判断」に労力を割かれ、生徒に振り回されていた時間のほうが長かったような気さえする。

それから、ペットボトルを思い出した。

自治体では、ラベルをはがし、中をすすいでから捨てることになっている。

勤務していた学校では、それが当たり前だった。

ところが、別の学校では、そのまま捨てるのが当たり前になっていた。

家庭で教わる機会が少なかったのかもしれない。

周りがそうしているから、自分もそうしているだけかもしれない。

学校には、その学校の「当たり前」がある。

チャイムで席に着く学校。

先生が来るまで話している学校。

ペットボトルのラベルをはがす学校。

そのまま捨てる学校。

生徒は、教わるというより

その空気を吸って覚えていく。

若い頃は、

「ルールだから。」

で終わらせていた。

でも最近、それでいいのかなと思うようになった。

ゴミを捨てることを注意したいんじゃない。

授業中に何を優先するかを考えてほしい。

私語をやめさせたいんじゃない。

周りにも学ぶ時間があることを知ってほしい。

……そう考えていくと、

ルールを教えているつもりで、

本当は別のことを教えようとしているのかもしれない。

いや、教えようとしているというより、

何を教えたいのか、自分がまだ整理できていないのかもしれない。

だから最近、授業中に何かが起きるたびに考える。

私は今、

この子に何を注意しているんだろう。

そして、

何を学習させようとしているんだろう。

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